僕、昔は今思えばどうでもいい自分よがりの『一応の夢らしきもの』だけ
持っていました。23歳の時、友人と二人で会社を作った頃のことです。
『20代で10億を超える会社をやって、家と車と自由な金、海外旅行くらいは好きに行けるように
しよう。』
小僧二人で、そんな目標を言い合いました。今思えば子供ですから、その程度です。
会社は紆余曲折有りながらも少しずつ大きくなり、27か28の頃には目標も達成していました。
しかし、まわりの凄いね~という声とは裏腹に、僕は恐怖でたまりませんでした。
普通で言えば、成功しているように見える当時の僕のポジションは人から見れば羨ましくも見えたかもしれません。
仕事も好きな仕事です。なのに僕自身はちっとも楽しくない。
"俺っておかしいのかな・・?" そう思っていました。
銀行からお金を借りている以上、止まることのない業績アップを永遠に求められます。
そのためには社員も増やし、事業も拡大していかなくてはいけません。
当然ながら「自分のペースで・・・」なんて言っていられません。
月末に資金繰りで足りないお金が出た場合、最初の頃は数十万のレベルでした。
しかし、会社が大きくなれば扱う額も増えますから、場合によっては月末に不足する額も
数千万レベルになります。
資金調達も銀行がノーと言えば、潰れます。
だから銀行に頼らない策も常に考えていなければなりません。
例え辞めたいと思っても、連帯保証に入っているので逃げられません。逃げられないのがわかっていると面白いもので、上手く言えないのですが、僕の心は面白くないながらも常に『なんとかなる』と
前向きでした。
しかし友人である社長はイケイケドンドンのタイプなので、じっくり事を進めたい僕は、常に追い立てられる感じです。
当時、仲間が集まって将来の夢を語ることがありました。
僕自身の描いていた小さな夢は、そのときにすでに超えてしまっていました。
「お前の夢は?」 そう聞かれて僕は答えました。
「夢は個人事業主。好きな仕事だけを追い立てられることなくやってみたい。」
周りは驚いて言いました。
「そんなんでいいの?今の会社、もっともっと大きくできそうじゃないか?」・・・・・
みんながみんな、大きな会社を作りたいわけではありません。
会社は少数精鋭で、それぞれが得意分野を持ち寄るような、そんなイメージが僕の理想でした。
しかし本当の理想は、一人に戻ってやることだったのです。
広告という仕事自体は好きでした。しかし常に資金繰りなど、それ以外のことが頭の中を占領していた
ために、楽しいなどという感情は「楽しいフリ」だけだったのです。
●
そこからも激動の数年間があり、その間も明るく振舞ってはいましたが、頭の中は常に
「これでいいのか?」でした。
そんな時、ある時出会った心理統計学で自分のタイプを見た時に、こんなキーワードを見つけたのです。
「あなたの判断基準になるのは『楽しいか、楽しくないか』」。
ガーンと頭を殴られた感じでした。もやもやが一気に氷解したことを覚えています。
その通りだったのです。
もちろん、この『楽しいか、楽しくないかが重要』というのは僕のタイプに限った話です。
ちなみに弟のタイプを見ると、そこには『正しいか正しくないかが判断基準だ』とありました。
全然違うタイプだったので納得がいきました。
「今の自分の人生、全く楽しくない!」
そう思った僕に、もう迷いはなくなりました。やり直すタイミングも今だ、と思いました。
●
今、法人にはしましたが、気持ちは個人事業のようなものです。
好きな仕事を、自分のペースでやっています。
実際の気分はどうか・・・・・幸せな事、この上ありません。
今朝届いたメルマガに、
"「あなたは今、幸せ度何点ですか?」と質問されたら何点でしょうか?"
というのがありました。
平均はどれくらいだと思いますか?
なんと30点以下だそうです。
僕はどうか。
正直、100点に近いです。
三度三度メシが食え、好きな仕事をして人様に喜ばれ、家族もいて、仲間もいる。
その他にも、挙げればキリがありません。昔は無事に家に帰れるかどうかわからないほどのハードな
時期もありましたから、それと比較すれば極楽です。
あの頃ならば、僕も30点以下だったでしょう。
ちなみにお金はあの頃のほうが遥かにたくさんありました。
僕、使えるお金があったときもさほど使いませんでしたから、それはいいです。
今、僕は今までの学習したことと経験、そして自分で創り上げたものを使った、ライバルもほぼ存在
しない仕事をしています。
何かと比べられたくありませんからそうしたので、今のスタイルが気に入っています。
心穏やかでなければ、人の相談になど乗れません。だから常にご機嫌さんで仕事できるよう、自分の中で行動と思考のバランスをとっているつもりです。
今回、何が言いたいのかと言うと、他人が言う『こうしないといけない』『こうやるべき』、
『そんなのあたりまえ』という言葉ほど無責任なものはないということです。
例えば、人に夢を聞いておいて、『そんなの無理だよ』という人も多いものです。
人は自分の経験則と学習内容からしか話せませんし、判断もつきませんから、相談する相手を間違うと
取り返しのつかないことにもなります。それが例え親でもです。
人のタイプによって『あたりまえ』は全く違います。
親と子の当り前も違います。親の言うことは絶対ではありません。
なぜなら、親が自分の『あたりまえ』を押し付けた結果、鬱で苦しむ子供の例を僕はたくさん見て来たからです。
しかも親はまるで気付いていない。自分が思う当たり前を強いただけ。そこに愛があるケースも
もちろんたくさんありますから、ここに悪者はいないのです。
これこそが悲劇です。
上司の当り前と部下の当り前もやはり、違うのです。
鬱になる原因もタイプによって違うことがわかってきました。
「おまえのためを思って」というセリフは実は相手のためじゃなく、言った本人のためです。
相手の人生じゃない、あなた自身の人生です。
そして夢も、あなただけのものです。
死ぬときに悔いを残すことのない人生がいい人生だと思います。
僕の好きな言葉。
死んであの世に行ったときにまず聞かれる言葉。なんだと思いますか?
「今回の人生、楽しんでくれたか?」
・・・・・・・いいでしょ。
毎日が楽しくない人、エビスカウンセリングにお越しください。
ヒントは確実に手に入れて頂けると思います。
昨日は息子の大学の入学式。
今日はいきなり、クラス分けの英語の試験だそうです。
「自分の人生を生きなさい。」 僕から伝えたことはそれだけです。