屋久島に行った友人・香川ちゃんから届いた写真。
こんな地名の町が屋久島にもあるんですね。ちょっと嬉しくなりました。
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僕が高校生の時です。父親が僕と弟、妹を呼んでとんでもないことを言いました。
「おまえらのうち、一人だけ大学に行かせてやる。」
父のこの言葉は本気だったのか冗談だったのか、未だにわかりません。
うちは貧乏だったわけでもなく、たまたま教育に理解のない家だったのです。
「俺はどうしても大学に行きたい!!!」
僕の通っていた高校は、管理教育のとても酷い高校で、暗い青春でしたから、
僕は最終学歴がこの学校で終わるのだけはどうしても嫌だと常々思っていました。
だから父親にそう言いました。
特別やりたいことがあったわけじゃありません。
行けばなんとかなると思っていたのです。
この時、僕よりも成績の良かった弟と妹はどう言ったか。
今でも、このときの二人を凄いと思ってしまいます。
「じゃあ俺は別に行かなくていいよ。」
「私も。早くお金稼ぐほうがいいから行かなくてもいいよ。」
「兄ちゃん、ツブシが利かなそうだから行かしてやるか。」
「それでいいんじゃない?」
・・・・・そんな会話が下2人の間で交わされたそうです。
そんな下2人のおかげで、高校までパッとしなかった僕は大学で花開きました。
多くの仲間を得て、様々な経験をさせてもらい、上場企業でも働かせてもらい、
大学時代の仲間と23歳で起業し、20代で2つの会社と18億という売上も経験させて
もらいました。そのあとは大借金、倒産、再出発、復活、という人が味わえない経験も
させてもらい、そのすべての経験を活かして今があります。
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弟は高校を出て自ら日本一荒っぽいと言われている魚市場で3年以上働き、
不動産会社を経て、今は真面目な建物管理・リフォームの会社を経営しています。
堅いです。
妹は高校でトップの成績を上げ、大手新聞社に推薦で入社。
高卒では到底させてもらえないような仕事をさせてもらっているようです。
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僕はいまだに、親が大学に行かせてくれたことを「当たり前」とは思っていません。
なぜなら、物心ついたときから、
「うちは20歳までしか子供の面倒は見ない。」
とずっと言われて育ったからです。
兄弟で唯一、それを2年オーバーしてしまった僕は、普通の人以上に親に申し訳なさと
感謝の気持ちを持って生きているつもりです。
そして今の自分の影には、いつも下2人が譲ってくれた『権利』のことがあるのです。
*今日のなおきちゃん。神奈川の親友の息子です。
昨日送られてきた写真を見てびっくり。もう少年のように大きくなった彼がいます。
子供の成長は早いです。なおきちゃんのパパと話して、「・・・もうこのへんだな。」
「そうだね。」となりました。
つまり、卒業です。
またいつか、さらに大きくなったなおきちゃんをここで紹介できればと思います。
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人生に「たられば」はありません。
兄弟三人、誰が違う道に進んでいたとしても、今の形にはなっていないでしょう。
つまり、道を選んだ時点では結果がどうなるかはまだわからないということと、
その結果が出るのはいくつになった時点かというのもわからないということです。
つまり、人生なんて、死ぬ前にすべてをトータルで考えて「人生」というのだと思います。
僕の43歳なんざ、まだまだ小僧かもしれません。
自分の周りの人間を見ても、ずっといいままの人はめったにいません。
大学の就職活動の時、「近藤、これからは安定やぞ。」と言って銀行員に
なった友人の銀行が真っ先に潰れ、驚いたことがありました。
会社を潰してしまい、自殺してしまった友人もいます。
離婚して行方不明になっていた母親が富豪と結婚していて亡くなり、いきなり遺産で
大金持ちになったという友人もいます。
何が起こるかわからないから人生面白いのです。
上手くいかない、という人はうまくいくやり方を知らないだけ。つまり、経験則として
持っていないからわからない。ならばノウハウを知っている人にくっつけばいいのです。
今どれだけ辛くても、今だけで考えてはいけません。
我慢できなくなれば、エビスカウンセリングにお越しください。
間違いなく、力が湧いてくるでしょう。
お待ちしています。
★今日のベストショット。
進撃の巨人・・・・・?
●エビスカウンセリング
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