「ユリエちゃんが亡くなったらしい。出掛けられる準備だけはしておいてくれ。」
朝7時。弟からの電話は、僕にとって大切な人物との
永遠の別れの一報だった。
週末、急遽愛媛に帰ることになった。
小さい頃、一時期親代わりだった叔母の死。
もう危ない、と何度も医師に言われながら、その都度
奇跡を起こしてきた叔母も、入院先で突然その日を迎えた。
夜、仕事が終わってから弟と二人、雨の高速を今治まで飛ばした。
最後に会ったのは1年半程前だっただろうか。
その時は一時退院していたときで元気そうだったのに。
小学校3年の時、父の会社が倒産し、その時に弟と僕、
生意気盛りの小学生を二人預かってくれたのが母の妹で
ある叔母夫婦だった。
僕らは物心ついた時分から今まで、ずっとユリエちゃんと呼んでいた。
子供の頃からよその家のご飯がなぜか食べられなかった
僕が、唯一食べられたのがこの叔母の作るご飯だった。
母親と離れて暮らす子供二人が寂しがらないよう、
いつも好きなものを作ってくれた。
土曜の昼はいつもお好み焼きだったな。本当に美味かった。
早口で頭の回転が速く、何でも口に出す叔母にはよく
怒られたが、そんな時は船員だった叔父がかばってくれた。
僕らが叔父に怒られた時は、代わりに叔父に噛み付いてくれた。
一緒に暮らしたのは半年くらいだったけど、この人が
いなければ今の自分はない。
朝方に斎場に着いた。6時間の運転中、一度も眠くならなかった。
普段はすぐに眠くなって1時間と運転していられないのに、不思議だった。
横たわっている叔母は思ったよりも
かなり細く、小さい。顔も闘病の疲れからか、1年半前とは
ずいぶん変わってしまっていた。
式も身内と内輪に近い人々で行った。式が始まる頃には
雨も上がり、最期の別れは涙雨にならずに済んだ。
長居ができなかったのは心残りだったが、仕方がない。
週末分のカウンセリングもたくさんの方に予定をずらして頂く結果になった。
しかしそのおかげで、大切な人を送らせて頂くことができました。
快く予定変更をして頂いたクライアントの皆様にこの場を
借りて御礼申し上げます。
これからもこの叔母に恥ずかしくない生き方をしたいと思う。
●エビスカウンセリング
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愛知県名古屋市東区東大曽根町41−1 EASTビル3F